医療・健康コラム
Vol.11(2020/7/17)BCGとポリオワクチン/英国での臨床試験:デキサメタゾン/高温多湿な時期のマスク/ほか
東京都の新型コロナウイルス感染者数は7月に入って、2ヶ月ぶりに100名を超え、7月17日には2日連続で過去最多を更新しました(2020/7/17時点)。原稿執筆時点では、入院患者数や重症患者数が、4月末~5月上旬ほどの数値には達していませんが、このまま市中感染が広がると、これらの患者数も増えてくることが懸念されます。
今回は、日本での新型コロナウイルスの死亡率が低い要因として、その可能性が取り沙汰されているBCGに関する論文や、先月報道でも話題になったステロイドに関する論文をご紹介します。感染予防策の一つである「マスク」についても記事の最後で取り上げていますのでぜひご覧ください。
[1]BCGとポリオワクチン:細胞性免疫
- (1)BCG接種制度と新型コロナウイルスの相関性に関する論文です
100万人当たり新型コロナウイルスの死亡率は、BCG接種制度のある国では2.1人、ない国で42.6人。
現在BCG接種制度がない国の中で、過去にも接種制度がなかった国では146.5人と最大で、過去に制度があった国では34.0人という分析結果でした。
やはりBCG接種制度の有無と新型コロナ死亡率は関係しそうです。(図1)BCG接種状況による、死亡率の違い
(出所)T. National policies for paediatric universal BCG vaccination were associated with decreased mortality due to COVID-19 [published online ahead of print, 2020 Jun 18]. Respirology. 2020;10.1111/resp.13885. doi:10.1111/resp.13885
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/resp.13885
- (2)BCG株は日本のものが一番古いタイプで、強力なようです
以前の私の記事でも取り上げた、大阪大学・宮坂先生の論文です。
現在使用されているBCGワクチンは、1921年にパリのパスツール研究所で最初に製造され、その後、元のワクチン株は世界中のさまざまな研究所に配布され、各国で培養されました。(図2)BCGワクチン株の歴史と遺伝学
この論文では、BCGのワクチン株ごとの、子供への接種力の強さがスコア化されていますが、日本で培養された種類がもっとも強い力を持つことが示されています。
(出所)Is BCG vaccination causally related to reduced COVID‐19 mortality?
EMBO Mol Med (2020)12:e12661https://doi.org/10.15252/emmm.202012661
https://www.embopress.org/doi/full/10.15252/emmm.202012661
- (3)BCGの代わりにポリオワクチンで細胞性免疫を
BCGの接種制度のある国の、新型コロナウイルスの死亡率が低いことやその背景(BCG株)についての論文を見てきましたが、BCGを接種したことのない人が今からBCGを接種すれば良い…という訳ではありません。
BCGの代案として「ポリオワクチン」の可能性を取り上げた論文があります。ワクチンには、弱毒化ワクチン(毒性を十分に低下させたウイルス)と不活化(死菌)ワクチンの両方がある。
これらは中和抗体を誘導して長期間特定の病原体に対する免疫を獲得させる場合と、特定のウイルスを攻撃する細胞性免疫を活性化させる場合がある。生ワクチンには、自然免疫のメカニズムを発動させて、幅広い感染防御のバリアを作る作用があることが分かってきた。
とりわけ、ポリオ生ワクチン(OPV)によって自然免疫を刺激することによって、新型コロナ感染を一時的に防ぐことができる可能性がある。ポリオも新型コロナもポジティブ鎖RNAウイルスであるから、共通の自然免疫経路賦活が期待される。OPV投与には多くのメリットがある。
- ①安全性がしっかり確認されている
- ②複数のウイルスタイプに対応しているため長期間の免疫賦活が期待できる
- ③安価
- ④投与方が簡単
- ⑤供給が豊富
毎年10億人分が製造され、140か国以上で投与されている。
BCGは供給量が限られているが、OPVはポリオ根絶キャンペーンからごくわずかだけ臨床トライアルに振り向けるだけで充分である。
もし新型コロナに効果があると分かれば、一気に増産することも可能だろう。OPVはBCGよりも安全性が高い。
BCGは接種後1%に副反応が出現する。OPVの副作用は極めてまれである。
ワクチン関連麻痺性ポリオ(VAPP)発症率は300万人に1人であり、ほとんどは免疫不全症の子どもに発症する。
適切に実施されるなら、OPVはBCGよりも安全な選択であると言える。(出所)松崎道幸 先生 解説資料「SCIENCE 視点:ポリオ生ワクチンは新型コロナを予防できるか」
(原典)Can existing live vaccines prevent COVID-19?. Science. 2020;368(6496):1187‐1188.
https://science.sciencemag.org/content/368/6496/1187
[2]オックスフォード大学の臨床試験「デキサメタゾン」の件と、ステロイド治療の影響について
6月、英国オックスフォード大学が主導した、一般的なステロイド剤である「デキサメタゾン」を新型コロナウイルス患者2000名に投与した臨床試験の結果(最も重症な患者の死亡率低減に効果があった、という発表)は世界から注目を集め、大きく報道されました。
誤解をしないでほしいのですが、デキサメタゾンを普段から飲んでいれば新型コロナウイルスに感染しないとか、感染しても重症にならないということではありません。
必要がないのにステロイドを服用すると副作用の可能性すらあります。
リウマチ患者ではステロイド服用で重症化リスクが上昇しましたが、喘息では吸入ステロイドのためか感染リスクは上昇していませんでした。
ステロイド治療に関しては、医師の診断に基づいた、慎重な対応が求められます。
- (1)「デキサメタゾン」の臨床試験結果によると、重症患者に救命効果があった
デキサメタゾンは酸素吸入の必要な患者の死亡率を2割低下させ、人工呼吸器使用患者では死亡率を35%減らした。
酸素も人工呼吸器治療も受けていない軽症の患者では効果は見られなかった。(出所)Nature News
Coronavirus breakthrough: dexamethasone is first drug shown to save lives [2020 Jun 16]. Nature. 2020;10.1038/d41586-020-01824-5. doi:10.1038/d41586-020-01824-5
https://www.nature.com/articles/d41586-020-01824-5
- (2)リウマチ患者ではステロイド10㎎以上の服用例で入院が増えた
リウマチ性疾患をある人は、新型コロナウイルスの深刻な感染リスクがあると考えられていますが、これに関する論文が発表されました。
1日あたりのステロイド服用量が10㎎以上になると入院が増え、抗TNF薬を服用している場合は入院が減少した。
抗リウマチ薬や非ステロイド系消炎鎮痛薬は入院リスクの増加に関係なかった。(出所)Characteristics associated with hospitalisation for COVID-19 in people with rheumatic disease: data from the COVID-19 Global Rheumatology Alliance physician- reported registry
Ann Rheum Dis 2020;79:859-866. doi:10.1136/annrheumdis-2020-217871
https://ard.bmj.com/content/79/7/859
- (3)新型コロナウイルス感染者では気管支喘息の基礎疾患保有率が有意に少ない
世界3カ国(中国、米国、メキシコ)の8つの地域で行われた、新型コロナウイルス感染症の17,000名を超える患者を対象にした研究で、喘息を伴う新型コロナウイルス併存率が明らかになりました。
それぞれの地域での喘息の有病率と比べて、新型コロナウイルス感染者では気管支喘息の基礎疾患保有率が有意に少ないことが発見された。
新型コロナウイルス感染症の重症者には有意に慢性閉塞性肺疾患(COPD)や糖尿病の合併が多いのに対し、気管支喘息の合併は重症化とは相関していなかった。
アレルギー疾患に関連するサイトカイン(インターロキシン13: IL-13)が、新型コロナウイルスが上皮細胞に侵入する際に結合する分子(アンジオテンシン変換酵素2:ACE2)の発現を低下させることが判明している。(図3)
■中国、米国、メキシコの8都市から報告された合計17,485名の新型コロナウイルス患者のうち、気管支喘息の合併率は5.27%。当該国の一般集団での気管支喘息の有病率は7.95%であり、患者群の方が有意に低かった。
■中国と米国の新型コロナウイルス患者合計2,199名(軽症者1,193名と重症者1,006名)の中で、慢性閉塞性肺疾患患者と糖尿病患者の比率は有意に重症者に多かった。気管支喘息患者の比率には差がなかった。
(出所)Kenji Matsumoto, and Hirohisa Saito. Does asthma affect morbidity or severity of Covid-19? Journal of Allergy and Clinical Immunology 2020
https://www.jacionline.org/article/S0091-6749(20)30736-3/fulltext
[3]高温多湿な時期のマスクに関して
最後に、マスクに関する様々な論文をご紹介します。
夏本番を前に、既にマスクの暑苦しさ・息苦しさを感じておられる方も多いと思いますが、一方で、新型コロナウイルスのリスク対策として、「マスクの正しい着用」は欠かすことができません。
マスク着用が新しい日常のマストアイテムとなって初めての夏、新商品が様々発売されていますが、高温多湿を凌げるような、自分にフィットするマスクを探されることをお勧めします。
- (1)マスクをすると発病前の患者からの感染リスクを半分以下に減らせます
マスク着用が感染リスク低減になることが、論文でも示されています。
浙江省台州市で1月23日から3月1日のあいだに127名の新型コロナ患者が発見された(武漢からの帰郷者63名、市内居住者64名)。市中感染を受けた市内居住者の接触歴を後顧的に分析した。
マスクをしていた者は、していなかった者より感染率が有意に少なかった(8.1%対19.0%, p > 0.001)。(図4)マスク装着時と非装着時のCOVID-19患者の発生率の比較
(出所)Mask wearing in pre-symptomatic patients prevents SARS-CoV-2 transmission: An epidemiological analysis [2020 Jun 24]. Travel Med Infect Dis. 2020;101803. doi:10.1016/j.tmaid.2020.101803
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1477893920302994
- (2)マスクをして歩行レベルのエクササイズした場合、二酸化炭素が溜まる可能性があります
マスクはもはや欠かすことが出来ないアイテムですが、その使い方は注意する必要があります。
中国で4月ころにN95マスクを着けて運動した生徒が複数死亡したとの報道がありました。
2010年の論文では、医療関係者を対象にしたN95マスクの影響が発表されています。医療関係者10人を対象にN95 マスクを着けて1時間歩行(時速2.7kmと時速4km)させたところ、明らかな病気のない21才と42才の被検者で動脈血二酸化炭素が50torr(正常は40)まで増加しました。
マスクは心臓と肺に大きな負担となります。息を吸い込む筋肉が疲労し、酸素摂取量が減り、消費量が増え、呼気の一部を再呼吸するので二酸化炭素がたまり、呼吸性アシドーシスの危険が増します。(出所)Physiological impact of the N95 filtering facepiece respirator on healthcare workers Respir Care, 55 (5) (2010), pp. 569-577
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20420727/
- (3)使い捨てマスクはマイクロプラスチック発生源になります
また、マスクの使用量が増えたことで、世界規模では、環境面への影響も報告されつつあります。
これに対する「答え」はまだ誰も提示していませんが、こんなところにも影響が出ていて、私たちはマスクと上手に付き合っていく必要があることを示しています。サージカルマスクなどの使い捨てマスクは新型コロナウイルス感染防止のために使用されるが、ほとんどはプラスチックファイバーを素材とした不織布でできている。
プラスチックファイバー製のマスクが捨てられると大きな環境問題となりうる。
不織布マスクの破棄に関しても注意が必要である。(図5)マスク使用量の増加による環境影響のイメージ
(出所)Covid-19 face masks: A potential source of microplastic fibers in the environment [2020 Jun 16]. Sci Total Environ. 2020;737:140279. doi:10.1016/j.scitotenv.2020.140279
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969720338006
- (4)N95マスクの中は高温多湿環境です
マスクと上手に付き合っていくことが、新しい日常の中で、私たちには求められています。
論文にもありますが、マスクの中は高温多湿ですが、マスクを外すと(当たり前ですが)改善します。
ソーシャルディスタンスで静かな(誰も話していない)環境下ではマスクを一時的に外しても、感染リスクが高くなることはありません。N95クオリティの7層マスク(最も内側の3層の布マスクと中間の1層のバンダナと最も外側の3層の医療グレードマスク)を着けて朝6時から24時間勤務をして、マスク内の温度(青線:華氏)と湿度(茶色線)をモニターした(グラフ)ところ、着用中マスク内は37℃、湿度80%と高温多湿であった。マスクを外すと、温度湿度とも急降下した。
(図6)マスク内の環境(温度と相対湿度)
(出所)Living with in-mask micro-climate. Med Hypotheses. 2020;144:110010. doi:10.1016/j.mehy.2020.110010
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0306987720317138
- (5)布マスクの「漏れ率」100%、不織布マスクの「漏れ率」50%:すきまからウイルス侵入
マスクとの上手な付き合い方という意味では、マスクの付け方も重要です。
新型コロナウイルスが付着する飛沫の大きさによって、マスクで防ぐことができるものに違いはありますが、新型コロナウイルスの飛沫による感染リスクを減らすためには、マスクを正しく着けるに越したことはありません。布マスクは空気中のウイルスをどこまで防げるのか。聖路加国際大学の大西一成准教授(環境疫学)が布マスクと顔面のすきまなどから出入りする空気中の粒子の「漏れ率」を調べたところ、100%だったことがわかった。フィルターの性能試験を通った不織布マスクも、着け方が悪いと100%だったが、正しく着けると約50%まで下がった。「マスクは選び方と着け方が大事」という。
マスクの密着性を調べるための専用装置を使い、空気中に漂う約0・3マイクロメートル以上の粒子数とマスクと顔の間のすきまにある粒子数を、それぞれ測定して比べた。布マスクや不織布マスク、N95などの規格を満たした防じんマスクのほか、政府が全戸に配った「アベノマスク」(ガーゼマスク)については、素材が異なる3種類を調べた。着け方の工夫で漏れ率に差が出る不織布マスクと防じんマスクについては、普通に着けた場合と、正しく鼻にフィットさせるなどすきまを最大限減らす着け方をした場合を比べた。
その結果、布マスクとガーゼマスクは、漏れ率が100%だった。漏れ率が最も低かったのは防じんマスクを正しく着けた場合で、1%。普通の着け方では6%だった。不織布マスクは、正しく着けた場合はフィルター部分の濾過(ろか)性能の試験を通ったタイプだと52%、通っていないタイプだと81%だった。ただ、普通の着け方だと2種類とも100%だった。(出所)朝日新聞デジタル 今直也 2020年7月6日 16時00分
https://news.yahoo.co.jp/articles/f5f03f1819ee4f639d01d9f810c72acced067b75大手電機メーカーや大手衣料量販店の開発したマスクなどは大きく報じられましたが、その他にメーカー各社では、マスクの新規開発が色々と進んでいます。
マスクと上手につきあって、高温多湿な夏を乗り切っていくために、丁寧なマスクの選び方、使い方を心がけたいものです。
- (6)新しい技術が盛り込まれたマスクが次々に登場
マスクがあれば、完璧な予防が出来る訳ではありませんが、いま新しい技術が盛り込まれたマスクが次々に登場しています。
一例を挙げてみます。- ・スイス・Livinguard 社のアンチウイルス技術を活用したマスク
(GSIクレオス社)注1 同社のアンチウイルス技術とは、繊維の表面に分子レベルで正電荷を帯電させ、細菌が一度接触すると恒久的に破壊されるそうです。
- ・医療従事者のために 山本化学工業がマスクカバー注2
医療機器と複合素材メーカーの同社が、密着性を高めて水分や皮脂、ウイルスをほぼ通さない合成ゴムを採用したマスクを開発。水洗いやアルコール除菌で約1年半~2年は繰り返し使用できるそうです。
私も実際にクリニックでの業務中に使ってみましたが、従来のマスク以上の密着度、呼吸のしやすさを両立していることを感じました。
- ・群馬の大学・地元企業が生んだ「銅繊維シート」マスク注3
新型コロナウイルスの生存時間が、銅の表面では4時間と短いことに着目して、同社がかねて開発していた銅繊維シートを活用したマスクカバーを開発したそうです。
- ・N95マスクと同等の効果のナノファイバーマスク:ヤマシン・フィルタ注4
工場現場で使われる機会の油をこすフィルターを開発している同社は、以前取得した特許を活用して、ナノレベルでウイルス等を捕集するマスクを開発したそうです。
こだわりの開発を進める各社の動向は今後も注目されるところですが、高温多湿な夏を乗り切っていくために、丁寧なマスクの選び方、使い方を心がけたいものです。
- 注1:参照https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP536429_U0A620C2000000/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000060053.html - 注2:参照https://www.nnn.co.jp/dainichi/news/200423/20200423028.html
- 注3:参照https://media.dglab.com/2020/05/19-gudi-01/
- 注4:参照https://dime.jp/genre/936355/
- ・スイス・Livinguard 社のアンチウイルス技術を活用したマスク
※当ページの内容は「2020年7月17日」時点の情報です。